08年11月 : 求 情報(読書)
記入者:湯坐麻里子
多くの人がそうだと思うが,私も読書が好きである。
面白い本を読むと,作者に対して「ほんまにほんまにありがとう!」と思う。そして,同じ作者の本を読み尽くすのが毎度のパターンである。
しかし,考えてみれば,本というのは,作者が頭の中で考えたことやら,取材したことやらを伝えているだけのものである(勿論,いかなる場面を設定し,いかなる表現をするかはもの凄く才能が必要だけど,ここで言いたいのはあくまで頭の中の世界に過ぎないという趣旨なので誤解なきよう)。それを他人が読んで感動したり喜んだりしているというのもおかしな話だと思う(まぁ,それを言うならこのコラムこそ,「だからなんやねん」という代物であるが)。
特に,ノンフィクションならともかく「小説」は,言ってみればちっぽけな人間1人が頭の中で考えて創作したというだけのものである。まぁ,たまに「偉大な人」というのもいるけど,どう言ったって人は平等で,基本的に1人1人の価値は変わらない。特に,地球や宇宙の営みからすれば,人間1人がなんやねんという程度の生物に過ぎない。そのようなちっぽけな人間の,しかも頭の中の産物に過ぎない。
しかし,読書好きは多いし,本の紹介の記事やら雑誌やら,皆,よい本を求めている。私が思うに,人というのは結局寂しがりやの生き物なので,いつも共感できるものを求めているのだろうと思う。尚,ここでいう「共感」とは,皆と同じ本を読みたいという意味ではなく,本を読んで心の琴線を振るわしたい(この表現は,多分,「心の琴線」という日本語的用法としては少し誤っていると思うけど),本に共感したいという意味である。
そして,私も,何か面白い本はないかと常に探している。でも,なかなか巡り会わないので,とりあえず,本屋さんにいくと平台にある本に手を伸ばすことが多い。
と,この前ラジオをきいていたら,最近は本屋さんのポップ(平台にある本についてる本屋さんのコメント。手書きのものが多い)によって売れ行きが随分変わるという話が出ていた(例えば,外山滋比古の「思考の整理学」等)。
確かに,私もポップがある方に手が伸びがちである。としても,ポップの書きっぷりによって,「ノリが軽すぎる」とか「あぁ,この人とは感性が違うな」とか,もっとひどい感想だと,「この人は大したことないな」と思ったりして,必ずしもポップがあるからと言って買うとは限らない。
しかし,こうやってポップが注目されて,本屋さんの個性が前面にでてくるというのは本好きの私としては大歓迎である。
として,本当に面白い本というのは,財産である。是非面白い本があったら,教えてもらいたい・・・
ちなみに,私のお薦めは,色々あるけれど,一般的に受け入れられすいものでいえば,宮部みゆきの時代ものはホロッとくる上にストーリーの展開もよく,やはり,宮部みゆきは偉い!といつも思う。
考えさせられるという意味では,村上龍の「半島を出よ」を始めとする,政治的意味合いをもった小説群はどれも面白い。でも,たまに私は村上龍的に言うとダメ人間かも,としんどいときもある(尚,龍は政治的小説とと破滅的な風俗的小説?の2通りあって,後者も嫌いではないが,たまになんでこんな小説書きたいのかねと思うことがある・・・。でも,彼は非常に頭のいい人なのできっと深い意図がある筈であり,ただ単に,それを私が理解していなだけだろう)。
尚,同じ村上で有名な村上春樹の本も割と好きである(但し,何が面白いのかさっぱり分からん本もある)。小説ではないが「やがて哀しき外国語」というエッセイを読むと,小説よりも村上春樹そのものが心底好きになる。本当にこういう感性の人って好き好き大好きと思う。
以上はいずれも有名な作家達であるので,まぁ,本好きなら皆読んでおられるであろう。
として,私が大発見・大発掘と大喜びした本は,古本屋で本当にたまたまみつけた梨木香歩の「からくりからくさ」である。「丁寧に生きる」という生き方も示唆しつつ,ストーリー展開もなかなか面白く,ちょっと謎めいたところもあり,本当に面白かった。
で,喜び勇んで色んな人に紹介していたが(京都時代にいた市民共同法律事務所のニュースレターにまで書いてしまった位),ふと気付くと「西の魔女が死んだ」という小説が映画化されて,いつの間にか結構有名な作家さんになっていた。
まぁ,私は,「有名だから,ベストセラーなんかあかん」というこだわりはないので,かまわないのだけど,なんとなく面映ゆいような気になった(この点,「本は●冊同時に読め」という新書を書いているとある会社の元社長はベストセラーを読むような奴は馬鹿だと書いていた。しかし,別にベストセラーを読んだからアホということにはならんだろうと,あんたの妙な選民思想こそがバカだと大変不愉快になった。その他書いていることが色々と不愉快で,「あぁこういう不愉快な人でもトップになれるんだ」とある意味,いつもと違う角度から社会を知る意味でお薦めの本である・・・)。
梨木果歩以外で,これは面白い!という本は,「大人は愉しい」という題で文庫として出版されている内田樹と鈴木晶,両先生の交換日記である。これはかなり面白い。この本を面白いというか否かで,私と合うか否かの判断が可能だと思う位,全身全霊かけて面白い(よくわからん表現だが)。
今回は,やたらと長くなってしまったが,私が言いたかったのは,「面白い本は人生の財産です。面白い本があったら是非教えて下さい。」ということです。
よろしくお願いします。
08年10月 : 世界中に大声で訴えたいこと
記入者:湯坐麻里子
最近,我々夫婦の間で流行っているのは,ステッパーである。
ステッパーとは,たまに新聞の通販でみかけるが,要は運動器具で,台に左右の足を乗せて踏み込み運動をするものである。
これまで,数々のダイエット運動をしてきた私だが,ステッパー歴は随分長くて(一時期中断していたが),司法試験を受験していた頃からステッパーは愛用品である。
ステッパーも多種多様で値段も様々だけど,今は,カタログハウスの通販生活で買ったステッパーを使用している(通販生活で変なものをよく買うせいか,カタログハウスから突如「スペシャル会員に認定します」というお知らせが来て,現在,私はスペシャル会員なのである)。初めは事務所でステッパーをやって(「20分後に戻ります」と事務員に告げて会議室を開かずの間にしてやっている),土日は重いステッパーを自宅に持ち帰って家でもやっていたが,段々苦痛になってきて家用と事務所用と合計2台買ってしまった。
前にコラムで書いたが,一時期,ダイエット対策として散歩をしていた。でも,ステッパーの方が効率がよいような気がする。かつ,バランスをうまくとらないと踏み込めないからバランス感覚の養成にもなるし,右左右左と常に足を動かしているので,例えば,ダンベルとかストレッチよりも退屈しない。雑誌を読みながらでもできる。場所もそんなにとらない。いいことずくめだ。
そういう次第で,「ステッパー」,かなりお薦めである。世界中の「運動したい」と望む人たち全員に対して「なぜステッパーをしないのか」と大声で訴えたい程,私はステッパーを愛している。
よって,この場を借りて「ステッパー」をお薦めします。私は,音が静かな方がよいので通販生活のを使ってますが,ホームセンターに売ってる奴で十分だと思います(実家では,そういうのを使ってました)。
として,私がこんなにステッパーを愛しているにもかかわらず,共に暮らしている旦那は,ステッパーをやっている私の姿を見て「変な奴やな」という表情をしていた。しかし,最近,太ってきたのを気にしてステッパーをやりだした。彼は汗っかきなので,15分で汗だくだ。私よりずっと効率よく運動をしているに違いないと,ステッパーの先輩である私は,ちょっと切ない気持ちになった。
しかし,その後の彼を見ていると,ステッパーで汗だくになった汗をシャワーで流した後,ビールを飲んでいるではないか。
きっとステッパーの効果は半減(もしくはそれ以下)に違いない。「あんた,ビール飲んだら意味無いんと違うか」と言ってあげたが,「でも,うまいから仕方がない」ということであった。
と,「これでステッパーの先輩としての面目は保てる」とちょっとほっとしたのだけど,でも,考えてみたら,別にほっとすることでもなんでもない・・・ しかし,ダイエット法を伝授しあう仲の微妙なライバル心というのはそういうものなのかもしれない(教えながらも先をこされたくない・・・。でもダイエット法って,なぜか話題にしたくなってしまう)。人というのは,おかしなものだ。
08年10月 : 過払い金返還請求
記入者:湯坐麻里子
「過払い金」というのは,一般の方にも浸透しつつある用語だと思うが,過払い金とは,非常に平たく説明をすると・・・
例えば,消費者金融等で借入をして,29%等の高金利で借入・返済をしていた。でも,実は,法律上は,概ね18%(元本の金額によってこの%は変わってくる)の金利しかとってはいけないので,利息の払い過ぎが発生する。払いすぎが元本にも充当されていって,元本も返しきってしまい,その後の弁済は法的な意味無く業者に渡しているお金ということになって,この分は払い過ぎだから返してちょうだいと言える,というお金のことである。
少し前から「過払い金の請求をしたいのです」と言ってこられる依頼者が増えてきた。一方で,請求される側の業者の方は,法的な論点を持ち出してきて減額するよう主張したり,もっと,端的に「会社に金がないので,●割にまけてほしい」と言ってきたり,とにかく減額してほしいという話をしてくる。
また,裁判も多く,色々な論点ができて,法的な解釈が必要なポイントが増えていく傾向にある。解釈に関する書籍や判例解説等も随時発行されており,注意していないと時代についていけない感すらある。
一時期,過払い金バブル?みたいな時代があって,とにかく請求すればお金が返ってくるような雰囲気になっていた頃もあった。
しかし,最近は,業者も支払渋りの色が濃厚で,かつ,法律的にも色々主張をして交渉する場面が多い。だから,誰が請求しても同じ金額が返ってくるという時代ではなくなってきていると思う。
よって,過払い金の返還請求をするにも,自分でやるのか,専門家に頼むのか。専門家に頼むとしても誰に頼むのかよく考えられた方がよいと思う。例えば,報酬が安いからとか,でっかく宣伝しているから等といって安易に頼むと,実は,無茶苦茶減額して和解されていて,本当はもっと返還してもらえたのに・・・という話も多分あるだろう。
とはいっても,選択基準がなかなか分からないと思うけれど,例えば,①きっちり返してもらおうと思う場合は訴訟提起しなければならないということも多い。きちんとそれをやってくれるか,かつ,費用対効果の面も含めてきちんと説明してくれるか(つまり,沢山事件を受任してテキトーに和解して事件の回転を早くした方が受任する側としては効率がよいのである),また,②どのような事件でもそうだけれど,きちんと,弁護士(司法書士)が担当して説明もしてくれるのか,事務員さん任せなのか等,見分ける基準はいくつかあろうと思う。
尚,まぁこういう話は,債務整理でも同様に存在していて,「きちんと交渉してもらってなくて損をしている」という事案を目にするときがあるので,やはり,過払に限らず,どんな事件でもよく考えて依頼された方がよいと思う。
どうでもいいことだが,「過払い金」というのは誰が考えた用語なのだろう・・・ 法律には無い用語だと思うのだけど(訴訟する際には過払い金返還請求は「不当利得返還請求」と称することになる),でも,一番しっくりする表現である(色々と考えてみたが,いいネーミングが思いつかなかった・・・)。
08年08月 : 好かれる私・・・
記入者:湯坐麻里子
さて,「好かれる私」とは,また,大きく出たなという表題である。
として,何に好かれるかといえば,「蚊」である。
0型は蚊によく刺されるというが,本当にその通りで,私ほど蚊に刺される人はいないのではないかと本気で思っている。それは,「鈍いからだ」と言われるのかもしれず,それも一理あるのだろうけど,とにかく刺される。
京都にいるとき,「床」(京都の夏の風物詩)で飲み会をしたことがあるが,そのときも数カ所刺され,風流も何もなかった(隣にいたおっさんは全然刺されず,「そりゃあ,おっさんの血より,私の血の方が美味しいのでしょう」とお高くとまっておいたが,内心はまずくていいから痒いのは嫌だと思っていた)。
先日も,帰宅しようと事務所から出る直前,猛烈に足が痒くなり,「まぁ,でも事務所に蚊がいたら朝から刺されてるよね」と思ってそのまま事務所を出たら,帰り道痒いこと痒いこと,家に着くまで延々かいていた・・・
尚,こういうとき,私には「忍耐」という文字はなく,痒いと延々掻いているし,その他ニキビができたりしても絶対触らずにいられず潰す性分である。よって,蚊に刺された箇所は須くカサブタができている。
一体,何カ所刺されているのか,数えてみると,右足だけで24カ所のカサブタがあった。大人の女性の足とは到底思えない姿である。
さらに,私の特徴として,なぜか,よく「まぶた」を刺される。以前,大学の先輩(男)と行く予定だった日にまぶたに刺されてとんでもない顔になり「まぶたを蚊に刺されたからキャンセルします」と言ったら,「俺と行きたくないなら初めからそう言えばいいのに」となかなか信じて貰えなかったが,本当によく刺されるのである・・・
さて,仕事中も真面目そうな顔をして説明したりしているが,その途中も実は足で足を掻いていたりすることもある。まぁ,最近は,ウナクール(私にはこれが合っている)を持ち歩いているので,常に掻いているわけではないが,話している内容と,掻いている行為に落差があって,いつもながらの三枚目だなぁと思う。
08年08月 : 湯坐麻里子はやはり女性弁護士であった・・・
記入者:湯坐麻里子
私は,はっきり言って女性らしいタイプでは全然ないと思う。別に見た目がおっさんだというわけではない(と思う)が,「おばはん」というよりは,「おっさん臭く」になっていくタイプだろう。性格もサバサバしていると言われることが多いし,「男兄妹がいるでしょう」とよく言われる。
しかし,生物としては,女性なので,「女性弁護士」として扱われ,「女性の弁護士だから気持ちが分かってもらえるかと思って」と,相談に来られる方が相当数おられる(最近特に増えてきた)。
私の本心を言うと,実は,「まぁ,男ではないから,男よりは,女性の気持ちを理解しやすいとは思うけど,私って,女らしく生きてるタイプじゃないし,期待される程共感することができるているかはどうかは疑問だなぁ」と思っていた。
でも,最近,色々な事件を担当していて,また,過去を振り返ってみて,特に,家事事件(離婚事件等)やセクハラ事件等を考えると,確かに,女だからこそ,もしくは,自分も同じような経験をしているからこそ,こういうことを思いつくし,書けるんだろうなぁと今更ながら納得するようになった。
弁護士というのは,別に依頼者の言う通りの話だけを主張したり書面にしたりしているわけではない(いや,たまに,そういう弁護士もおられるけど)。依頼者のこだわっているポイントが必ずしも法的に重要とは限らない。むしろ,重要でないことが多いとさえいえる。
だから,少しでも,依頼者の方の主張が通るようにする為に,裁判や調停ではここがポイントになってくるだろうという見通しを立てて,「この点については,事実関係はどうですか」「この点は弱点になってきますけれどどういう説明をしますか」等々,依頼者から引き出すべきポイントを常に考えながら聴き取りをしている。
として,同じような経験をしているからこそ,ここがキーになってくるだろうというアタリをつけて聴き取りができるような気がする。
さらに,聴き取りをした内容をどのように構成して,書面化するか,また,口頭で主張するかも弁護士の仕事であるが,非常にありがたいことに「よく私の気持ちをきちんとまとめて表現してくださいました。ありがとうございました」と言われたことが何度もある(というより,だいたい言われる)。
と,改めて考えると,今まで,「女性弁護士」として扱われることに正直違和感があったが(なぜなら,冒頭に書いたように自分自身では自分のことをおっさんだと思っているから),まぁそれはそれで正しい評価のような気がしてきた。
としても,やはり,おっさんであることには間違いなく,これからもしっとりした雰囲気もなく,私自身はダハハと笑いながら生きていくことだろうと思う。







